1930年3月24日、アメリカのインディアナ州ビーチグローヴに生まれる。生後6ヵ月の頃に両親が離婚、その後、子供の面倒を見れない母親によってミズーリ州に住む祖父母にあずけられた。そこで近くに住む祖母の兄弟のクロードの家で育てられ、4歳の誕生日プレゼントで赤い三輪車を与えられた。この三輪車が後のクルマやバイクレースへの興味の原点とマックィーンは語っていた。8歳のときに再婚した母親とふたたび暮らすようになるが、義父による虐待で家を離れ、路上生活を送るようになる。その後三度目の結婚でロサンゼルスに住むようになった母親と暮らすも馴染めず、軽犯罪で14歳のときに少年院に入れられ、1年半後に出所した。そして問題児のための私設学校であるチノ市にある少年共和国に入学、ここで落ち着きを見せ始めた。17歳で海兵隊に入隊、除隊後はバーテンダーやタクシー運転手、用心棒など様々な仕事で生計を立てた。1952年、知り合いの勧めでニューヨークで俳優の道を志し、アクターズ・スタジオを経てブロードウェイデビュー。この時期に週末のオートバイレースに出場するようになり、人生初のバイク、ハーレー・ダビッドソンを購入する。1955年、ニューヨークからハリウッドに移り、1956年、ロバート・ワイズ監督、ポール・ニューマン主演のボクシング映画『傷だらけの栄光』の端役(クレジットなし)で映画デビュー。1958年の『マックイーンの絶対の危機』で初主演をつとめた。1958年~1961年にかけて制作されたテレビドラマ「拳銃無宿」シリーズでは主演をつとめ、ここで初めての大きな成功をつかみ、一躍注目の俳優となる。1959年、ジョン・スタージェス監督、フランク・シナトラ主演の『戦雲』で予定されていたサミー・デイヴスJr.に替わり重要な役どころに抜擢、批評家から好意的なレビューを受ける。その流れで同じスタージェス監督の『荒野の七人』(1960年)に出演、ユル・ブリンナー、ロバート・ヴォーン、ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソンといった大物個性派俳優たちとの共演で、作品の大ヒットもあり、ハリウッドのスターの仲間入りを果たした。その後は『大脱走』(1963年)、『シンシナティ・キッド』(1965年)、『砲艦サンパブロ』(1966年)、『華麗なる賭け』(1968年)などヒット作を連発。『砲艦サンパブロ』ではキャリア唯一となったアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。1968年にはキャリア最大のヒットの一つ、『ブリット』に主演、サンフランシスコで繰り広げられる凄絶なカーチェイスは映画史上に残るシーンとなり、一匹狼の刑事、カーアクションというその後のハリウッドで定番となるものを創り上げた。1971年、念願だったカーレース映画『栄光のル・マン』に主演。当初はジョン・スタージェス監督とともにF1を題材にしたカーレース映画『DAY OF THE CHAMPION』を計画するも、ジョン・フランケンハイマー監督による1966年作『グラン・プリ』と企画が重なり、先を越されてしまったために一度断念せざるを得なかった経験によって、クルマのレースを題材にした映画はまさに悲願の企画だった。またそのモータースポーツへの興味は、同時期に、ハリウッド映画とは全く異なるインディペンデント映画の世界で製作された小規模作品、『エンドレスサマー』(1966年)のブルース・ブラウン監督によるモーターサイクルドキュメンタリー映画『ON ANY SUNDAY』(1971年、邦題は『栄光のル・マン』後に日本公開されたため『栄光のライダー』となった)に自身のソーラー・プロダクションとして出資、特別出演も果たすほどであり、これら2作品にはマックィーンの並々ならぬクルマ、バイクへの情熱が込められている。1972年にはサム・ペキンパー監督の『ゲッタウェイ』に主演、この時点でマックィーンは映画界最高の出演料を誇る俳優となった。1974年には長年のライバルであったポール・ニューマンとともに超大作『タワーリング・インフェルノ』に出演、74年度作品最大の興行収入を上げる大ヒットとなるも、その後は表舞台から姿を消し、オートバイレースやキャンピングカーで全米を旅するなど、プライベートな時間を過ごす。1978年に『民衆の敵』でスクリーンに復活、1980年には『トム・ホーン』、『ハンター』に主演するも、肺ガンにより1980年11月7日にこの世を去った。結婚は1956年のニール・アダムス、1973年のアリ・マッグロー、1980年のバーバラ・ミンティと三度。1999年に『栄光のライダー』への出資などの功績が認められ、Motorcycle Hall of Fameにてアメリカ・モーターサイクリスト協会によって表彰され、オートバイの殿堂入りを果たした。


【フィルモグラフィ】
傷だらけの栄光 (1956) / ニューヨークの顔役 (1957) / マックィーンの絶対の危機(ピンチ) (1958) / 拳銃無宿 (1958~1961)<TV> / セントルイス銀行強盗 (1959) / 戦雲 (1959) / 荒野の七人 (1960) / ガールハント (1961) / 突撃隊 (1961) / 戦う翼 (1962) / 大脱走 (1963) / 雨の中の兵隊 (1963) / マンハッタン物語 (1963) / ハイウェイ (1964) / シンシナティ・キッド (1965) / ネバダ・スミス (1966) / 砲艦サンパブロ (1966) / 華麗なる賭け (1968) / ブリット (1968) / 華麗なる週末 (1969) / 栄光のル・マン (1971) / 栄光のライダー (1971) / ジュニア・ボナー/華麗なる挑戦 (1972) / ゲッタウェイ (1972) / パピヨン (1973) / タワーリング・インフェルノ (1974) / 民衆の敵 (1978) / トム・ホーン (1980) / ハンター (1980)